【考察・感想】サピエンス全史|ユヴァル・ノア・ハラリ|Audibleでも読める名作

サピエンス全史 レビュー
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Lin
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こんにちは、Linです!

今日は、ユヴァル・ノア・ハラリさんの『サピエンス全史』を紹介したいです。邦訳版だとそれぞれ上・下巻に分冊されている大著で、平易な内容ではないにもかかわらず話題をさらった本です。

近いうちに、文庫化もされるだろうと思います。

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まず、内容をざっくり。

まず、内容をざっくり。本書のテーマは人類史ですが、裏テーマは共同幻想、虚構だと勝手に思っています。

アフリカの1民族に過ぎなかったホモ・サピエンスが、今日これほどまでに文明を築き上げる種となり、「地上の覇者」に成り上がったのはなにゆえか、という疑問を、現生人類の誕生から現代、そしてシンギュラリティ―までカバーした歴史書、ということになります。

さて先ほど、本書の中での隠れたメインテーマを「共同幻想」と書きました。

なにか自分たちに共通して適用させられる「幻想」(或いは意識と言い換えてもいいかもしれない)を作り出し、ひたすらにそれに対して忠誠を守る。

一種の偶像崇拝かもしれませんが、それは確実に、サピエンスがネアンデルタール人と決別する際に、史上初めて強力さを呈しました。

その最たる例が、噂話です。

これは現代まで何も変わっていない我々ホモ・サピエンスの性質だが、みんな噂話が好きですね。

噂話には信ぴょう性がかけているのにも関わらずです。

そしてヒトは噂話・ないしょ話を共有することでコミュニティの団結力を脆くも強く保ってきました。内緒話を共有することで、連帯感が生まれる心理的な効果って今でもありますよね。

そんな話が本書のメインテーマで、歴史を追いながら様々な例を読者と共有して、共同幻想・虚構に囚われる人間社会の行く末を占って行きます。

ちなみに、『サピエンス全史』を耳から聞けるのが、Amazonが提供する『Audible』。

30日無料体験ができて、しかも無料会員登録をすると1冊プレゼント。サピエンス全史を無料で読めます。

現代の「幻想」

現代における共同幻想として有名なものが、貨幣ですね。例えば、福沢諭吉氏を好む人は多いですが…

ただ、諭吉氏を人格者として尊敬しているというケース以外でそれが好きな場合、それの本質は当然、紙に過ぎません。それでも、国の中央銀行が価値を保証している限りにおいて、人々はその価値を信じながら日々を送っています。

ちょっと話題がずれますが、現在の日本では、現金を使っている人もまだ多いですね。

ただ、ポイントカード・クレジットカードの普及や仮想通貨による支払いなど、日本でも欧米や近隣アジア諸国に遅れて少しずつキャッシュレス化の波がやってきているように感じます。

現金がまだ一般的である日本においても、『諭吉氏』が幻想であることを認識しようと思えば可能です。キャッシュレスがますます進み、日ごろの生活からお金の実態が見えなくなった時、人々はそのお金という制度が虚構であることを強く意識し不安になる、ということが起きないでしょうか。

人気ドラマ『相棒』の映画『X DAY』でも扱われたテーマですね。

さて、もう少し別の観点から考えてみたいです。

現在、人々の往来は活発ですね。1920年代の世界と同様、人々は世界中を飛び回っています。

当時と決定的に異なるのは、ネットの存在です。GAFAMなどの超巨大IT企業や、Instagram・Twitterなどの各種SNSの台頭により、人々は自分の個人情報を自ら提供し、ビッグデータがどんどん集積されています。

これにより、ヒト・モノ・情報の密度は空前の状態を呈し、国家間のいがみ合いがあっても民間の力は高まりを見せ続けています。

国家という輪郭が色を薄くする中で、 多国籍企業やASEANなどの地域経済共同体も新しく台頭し、 新たな共同幻想が生まれ始めています。

ホモ・サピエンスが虚構に生きる生き物だという本質が変わらなくても、そのフレームたる近代以来の国家が、現代において揺らぎを見せ始めています。私たちは、そういう歴史を今まさに目撃しつつあるのかもしれません。

物語がマクロすぎて、ニュースを追うだけで「大きな物語」を推察するのはなかなか難しいですけれども…。

作者について

さて、サピエンス全史のユヴァル・ノア・ハラリさんはイスラエル人の歴史学者で、歴史学、特に中世史・軍事史の専門家。エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えています。

近著に、『ホモ・デウス』、『21 Lessons』がありますよ。

 

本書の内容の中盤を独特のアプローチから切り開いたのが、柄谷行人さんの『世界史の構造』という作品で、これも今後紹介したいと思っていますよ。

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