【感想・書評】火の鳥-未来編-|手塚治虫|永遠について考える参考書【考察】

本&映画

手塚治虫先生の傑作、『火の鳥』。

灼熱の新宿を歩きながら、暑さから逃れるように建物にこもる人々を見て、ふとこの作品『火の鳥 未来編』(第2作)が描くメトロポリスが思い起こされたので今日は紹介しようと思います。

火の鳥シリーズの中でも、個人的に一番好きな作品です。

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あらすじ

西暦3404年、人類は荒廃した地上を捨て、世界の5箇所に建設されたメガロポリスで生活を営んでいました。

各メガロポリスに設置された「電子頭脳」にあらゆる政治上・生活上の判断を任せ、そのすべての指示に従う人類でしたが、ある日電子頭脳間の論争から核戦争に発展し、5つのメガロポリスすべてが死滅してしまいます。

生き物を人工的に創り出す試みをする世捨て人「猿田博士」と、彼のドームに逃げ込んできた主人公の青年マサト、その恋人のタマミ、そして核戦争の最終決定を下したロックの4人は奇跡的に生存しましたが、彼らの生に対する解釈の違いから4人が共存することは難しくなります。

最終的に1人生き延びたマサトは、火の鳥から地球を復活させるよう命じられ、永遠の命を得ます。

気の遠くなるような長い時間を経て、いくつもの「人類」の復活を目の当たりにしかけては「人類」は自滅し、同じように繰り返される愚かな歴史に幻滅しながらも、

今私たちが知る「人類」の誕生を目撃したマサトの魂は、タマミの魂との再会を果たし、火の鳥の中へと消えていくのでした。

読みどころ・考察

猿田博士の哲学

猿田博士と人工生命

猿田博士が使命としていたのは、荒廃した地球に命の息吹を取り戻すため、人工的に生命を創造することでした。

巨大な試験管の中で生きる生物たちは試験管の中でしか生きることができず、不完全な生命です。

猿田博士が溺愛していた「ブラドベリイ」(レイ・ブラッドベリから取ったのでしょうか)というウマと人間の合いの子のような青年も、彼の意思で試験管から出てみるも、その命は長くは持ちませんでした。

だが……この地球から生命を消してはならんのだ‼︎

地球が存在するかぎり……生きものは……りっぱにこの地球の上で生きつづけなければならないんじゃ‼︎

猿田博士と世間の「常識」のズレ

核戦争を引き起こしたロックが、猿田博士にそれを伝えると、博士はこう言います。

『ロックくん あと一時間で戦争か?バカなことをしたもんじゃ なんてばかなことを!』

『なぜ機械のいうことなど聞いたのだ!なぜ人間が自分の頭で判断しなかった ええっ』

メガロポリスで暮らす大勢の人たちは自分の頭で考えることをせず、電子頭脳に判断を任せっきりでした。

猿田博士自身は、そんな状況に違和感を感じ、価値観の違う人たちの世の中に見切りをつけて若い頃に世捨て人になったのではないかと勝手に推測しました。

そして、結果的にその他大勢の人々が滅亡することになってしまったのは歴史の皮肉というほかありません。

人工生命のもろさを嫌というほど目の当たりにしてきて、誰よりも生命の尊さと人類愛を知っている猿田博士だからこそ、人類滅亡という悲劇と、それを引き起こした戦争に際して怒りを隠さなかったのでした。

不定形生物「ムーピー」との愛

主人公マサトの恋人タマミは、実は人間ではありません。人間の望むものに自在に姿を変える生物「ムーピー」でした。

そしてムーピーは最初こそ人類に歓迎されたものの、次第に迫害されるようになります。

マサトは心からタマミを愛しているからこそ、世間からの迫害に屈しそうになりながらもそれに打ち勝ち、無限の命を手に入れたのちも何億年の時を経てタマミの魂と再会を果たし、融合することになったのでした。

無限の愛を垣間見て、底知れない不安感と感動を覚えました。

電子頭脳(人工知能)の存在

現代のテクノロジーが志向している人工知能ですが、その最終形態とも言える存在が「電子頭脳」として本作中で描かれています。

電子頭脳と共存することは有益だと思いますが、完全に思考を委ねてしまうことがいかに恐ろしい結末を呈するかという重要な指摘がなされているという見方もできます。

歴史は繰り返すということ

そして、本作後半で繰り返し描かれるのが、愚かな歴史が繰り返されていることです。

人間の形をしていない人類の歴史も描かれますが、それですらも自分の欲求を満足するために他方の部族といさかいを起こし、戦争へ発展させ、自滅の歴史を辿ります。

無限の命を手に入れ、やがて肉体は風化して「神」と呼ばれる存在になったマサトは、そんな歴史を繰り返し目の当たりにし、人類の復活に絶望します。

しかし、ついに「邪馬台国」の復活を発見したマサトは、火の鳥に吸収されていったのでした。

ここで、「邪馬台国」は前作『火の鳥 黎明編』の舞台であることに注目してください。

実は、本作『火の鳥 未来編』は「未来」と銘打ちながらも、実は「過去」の物語であった、と読むこともできるのです。

まさに前代未聞のスケールで、歴史の循環を描いた作品ということができるでしょう。

感想

小さい文庫本の中に、気の遠くなるような時空間のスケールが詰め込まれた大傑作です。

手塚治虫さんは戦争を経験した世代ですから、その経験を抽象化し、具体的な経験として以外に、本作のような「命とは何か」という作品を世に放つエネルギーを持っていたのでしょうか。

彼が創り出した火の鳥の物語は13巻までありますが、今回紹介した「未来編」は個人的に一番好きな作品で繰り返し読み返していますし、「命」や「恒久の愛」について何度も考えさせられます。

未読の方は、生涯で一度は手に取られることをお勧めします。

ありがとうございました。

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